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はじめに-ネットワーク歴史観について(3/3)

0.3 ネットワーク歴史観について

前の記事では音楽を作る仕組み、「ポリフォニー」と歴史との関係について説明しました。今回は「はじめに」の最後として、このサイトで採用する歴史の見方、歴史観について説明します。最後にこの章を簡単にまとめます。

本サイトで採用する歴史観を「ネットワーク歴史観(史観)」と呼びます。続けてこの「ネットワーク史観」について解説をし、次に簡単な3つのネットワーク、「都市」「国家」「文明」のネットワークのモデルを描くことにします。

0.3.1 歴史観とは何か?

歴史観、というと難しく聞こえます。まずここで歴史観、という言葉の意味を考えましょう。歴史観、とは歴史全体についての見方、という意味に加えて、歴史がどのようにして動いてきたのか、歴史を動かす仕組み、についての見方です。

加えて歴史観は人類の歴史のすべての時代、地域に当てはまるものでなければなりません。なぜならば、ある時代、地域にだけ通用する歴史観があったとして、それが別の時代にも通用するとは限らないからです。

歴史を知ることは、歴史の終着点と言える現在、今の時代がどのようにして出来上がったのか、を知ることでもあります。

ですから歴史観を持つということは、私たちが生きる今の時代を理解するためにも必要です。

さてこの章の最初の記事の最後に、歴史は世界が一つになっていく道のりである、と書きました。それならば世界がどのようにして一つに結びついていったのか、を考えると歴史がより見やすくなります。そのための助けとして、本サイトではネットワーク史観という歴史観を採用します。

0.3.2 ネットワーク史観について

ネットワーク史観とは、世界に数えきれないほど存在する、様々な結びつき(ネットワーク)に注目する歴史観です。このネットワークは時代を追うごとに世界を一つに結び、なおかつネットワークは時代と共により細かく、緊密になっていきます。

実を言うとネットワーク史観、という言葉はあまり見かけません。とはいえ筆者も何人かの歴史家の考えに影響を受けています。

ウィリアム・H・マクニールとジョン・R・マクニールという歴史家の親子がいます。彼らが『世界史-人類の結びつきと相互作用の歴史』(2003、日本語版2015、福岡洋一訳、楽工社)という著書の中で「ウェブ」という言葉を使っています。ウェブとは蜘蛛が糸を張って蜘蛛の巣を作る際に出来る、その糸の網目のことです。

マクニール父子は「ウェブ」についてこのように書いています。少し長いですが、あてはまる箇所を引用します。

「ここでいう『ウェブ』とは人と人をつなぐ種々の結びつきのことだ。この結びつきは、偶然の出会い、血縁関係、友情、共通の対象への崇拝、対立、敵対関係、経済的交換、生態学的交換、政治的な協力、さらには軍事的な競争など、さまざまな形を取る。こうしたすべてにおいて人々は情報をやりとりして、それを自分たちの将来の行動に利用してきた」(『世界史(第1巻)』9ページ)

まとめますと「ウェブ」というつながりは「さまざまな形を取る」。だがあらゆる形の「ウェブ」について「人々は情報をやりとりして」自分のものとしていった、ということです。

人々はネットワークの中で人、モノ、お金など目に見えるものを移動させ、交換してきました。しかしながら、それ以上に重要なのは「情報」のやり取りです。この情報によって、世界中の人々はあらゆる文化、文明のよいものを吸収することが出来ました。(文化、文明という難しい言葉が出てきました。この2つの用語は次の章で解説します)

日本の歴史家の宮崎正勝氏は『文明ネットワークの世界史』(2003、原書房)の冒頭(初めの部分)でこのように述べています。また長いですが引用します。

「本書は、『都市』と『都市を支えるネットワーク』の変容とその変化に伴うシステムの組み替えが、『世界史』を作り上げてきたとする仮説(『ネットワーク論』)を基礎にして、文明の形成からグローバリゼーションが進む現代に至る『世界史』を一貫したプロセスとして描き出すことを試みています」

言い換えるならば、「都市」がネットワークの中心であり、「都市」とその周辺のネットワークの形の変化が歴史を作ってきた、ということです。

では次に、都市を中心とするネットワークから始まる、簡単なネットワークのモデルを作ってみましょう。キーワードは「都市」「国家」「文明」です。

0.3.3 「都市」から始まるネットワークのモデル

「都市」についても次の章で解説しますが、ここでは都市を中心としたネットワークの簡単なモデルを考えてみましょう。

都市は人、モノ、お金、情報の流れの中心です。しかし都市には田や畑はありませんので、都市の住民は食料を農村や漁村から買うか、税金として集めなくてはなりません。その代わりに、農村の住民が進んで食物を都市へと供給させるために、都市からは周辺(農村、漁村)の人々に様々なサービスを提供しなくてはなりません。

都市が周辺に提供するサービスの代表としては、おしゃれな衣服や指輪、ネックレスなどの装飾品、また都市の劇場で演じられる演劇(舞台でのお芝居)などがあります。これら周辺の住民たちが買いたい、見たい、と思うようなものを都市は提供しなくてはなりません。

まずこのようにして都市と周辺のネットワークの基本単位が出来ます。さらに都市と都市を結ぶネットワークが生まれ、またさらに様々な都市を束ねる大都市が生まれ、その大都市の一つが王の宮殿や政府の機能(役所や裁判所など)を持つ首都になり、こうして国家が生まれます

さらにネットワークが発展すると、国家の間の関係が生まれます。いくつもの隣り合う国家の中で、最も魅力的な文化や知識、技術を持つ国家に注目が集まるようになります。そうしますと、その地域の中心となるような国家が生まれ、周りの国々はその中心の国家の様々なスタイルを真似するようになります。

国家や民族の壁を越えて周りがそれに従うようなスタイルを文明といいます。文明のスタイルの中には国家の統治の仕方(統治機構、官僚機構と呼ばれる)、壮大で洗練された建築物、心を揺さぶるセリフやわくわくさせる物語を持つ演劇、おしゃれな衣服、贅沢な食事やお酒などのたしなみ、世の中の様々な疑問に答える学問や宗教、などがあります。

ここで基本的な3つのネットワークを考えました。それは都市のネットワーク、国家のネットワーク、最後に文明のネットワークです。後に挙げたネットワークの方がより広い範囲をカバーしていることが分かりますね。ところで、これからは短く表現するために都市と文明のネットワークのことは「都市圏」「文明圏」と表すことにします。

0.4 序章のまとめ

はじめにこの章では、本サイトでどのように歴史を解説するのか、大まかなポイントを説明しました。

最初に「なぜ歴史を学ぶのか」という疑問については、「本物のコミュニケーション能力を身に着けるため」とお答えしました。

次に本サイトのタイトル「歴史のポリフォニー(Polyphony of History)」の意味を説明しました。ポリフォニーとは音楽でいくつもの旋律が同時に演奏されることでした。歴史との関連で言いますと、ポリフォニーのポイントは2つありました。一つは2つ以上の旋律は和音(コード)を通して結ばれる、ということ、もう一つは基本的な旋律(テーマ、またはモチーフという)は繰り返して演奏される、という点でした。

最後に本サイトで採用する歴史観である「ネットワーク史観」について解説しました。最も基本的なネットワークは都市とその周辺によって作られました。その基本のネットワーク(都市圏)がさらにまとまって「国家」、そして「文明圏」を形作りました

歴史は人間が持つ尽きない好奇心によって作られてきました。その好奇心が見知らぬ土地に住む人々を思い、その人々とつながるために様々なネットワークが形作られました

ではそのようにして今の世界が出来上がったことをいつも意識して、世界が一つに結ばれていく物語に足を踏み出しましょう。

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